ディーセントワークとは?意味をわかりやすく解説

ディーセントワークとは?

ディーセントワークとは、「権利が保障され、十分な収入を生み出し、適切な社会的保護が与えられる生産的な仕事」のことを意味します。1999年のILO(国際労働機関)総会にて、当時の事務局長のフアン・ソマビア氏によって提唱された概念であり、現在では日本を含めた世界各国でディーセントワークへの取り組みが広がっています。

またILOは、全ての人には、社会保障が確保され、自由と平等が保障されており、生活が安定し、人間として尊厳を保てる生産的な仕事を享受する権利があるとして、ディーセントワークを行き渡らせるために活動を展開しています。

ILOや日本労働組合総連合会ではディーセントワークの啓蒙のための動画も公開しているため、ディーセントワークについて興味のある方はぜひ目を通しておきましょう。

ディーセントワークが注目される理由

海外を中心に注目を集めてきたディーセントワークですが、日本で注目されるきっかけとなったのは「労働基準法の改正」と「SDGs(持続可能な開発目標)」の2点です。

労働基準法の改正

日本では2019年4月に労働基準法が改正され、有給休暇取得義務化や時間外労働の上限規制などが定められました。政府は労働基準法を改正することにより、多様な働き方やワークライフバランスを実現させたいと考えています。

この改正労働基準法にもディーセントワークの考えが反映されています。厚生労働省が2012年3月に発表した「ディーセントワークと企業経営に関する調査研究事業報告書」によれば、日本におけるディーセントワークの解釈として以下4点を掲げており、これらを前提に政策を推進していくことでディーセントワークを実現しようとしています。

  1. 働く機会があり、持続可能な生計に足る収入が得られること
  2. 労働三権などの働く上での権利が確保され、職場で発言が行いやすく、それが認められること
  3. 家庭生活と職業生活が両立でき、安全な職場環境や雇用保険、医療・年金制度などのセーフティネットが確保され、自己の鍛錬もできること
  4. 公正な扱い、男女平等な扱いを受けること

SDGs(持続可能な開発目標)

また、2015年9月に国連サミットにて採択されたSDGs(持続可能な開発目標)との関連も見逃せません。SDGsとは2030年までに達成を目指す17のゴールと169のターゲットから構成された国際目標です。このSDGsの中でゴール8として掲げられた「働きがいも経済成長も」は、まさにディーセントワークを促進するものです。

SDGsの目標達成に向けて日本も積極的に取り組むことを表明しており、ディーセントワークの実現はまさに今、産官学が連携して実現しなければならない目標のひとつとして注目されています。

ディーセントワークの4つの戦略目標

ILOはディーセントワークを実現するための4つの戦略目標を掲げています。ここではひとつずつ解説していきます。

仕事の創出

まず1つ目の戦略目標は「仕事の創出」です。ディーセントワークの実現のためには、全ての労働者が安心して生産性の高い仕事を行うための環境が整備されていなければなりません。そのためには国や企業の努力が不可欠です。

日本では正規労働者のみならず、非正規労働者の雇用安定や処遇改善、高齢者に対しての雇用強化などの課題が積み残されています。これらの課題をクリアするためには、労働者が必要な技能を身につけるための支援を、国や企業が行う必要があると言えます。

社会的保護の拡充

ディーセントワークによって仕事が創出されても働きにくい環境であったり、社会的保護がない環境であったりしては労働者が安心して働くことはできません。年齢や性別、地域、働き方などで差別されることなく、誰でも安心して仕事に取り組める環境整備が必要です。安全で健康的な職場環境や社会保障の充実に向けても、国や企業の支援は欠かせないでしょう。

社会対話の推進

現在では日本の職場でも多種多様なバックグラウンドを持った人々が働いています。年齢や性別はもちろん、価値観、国籍に至るまで異なる人間が集まって働く以上、大小さまざまな衝突や問題が発生することもあるでしょう。

こうした問題の解決は対話を持って平和的に行われなければなりません。ディーセントワークの実現のためには職場内での対話はもちろんのこと、政府や行政、労働者、それぞれの視点での社会的対話の推進が必要とされています。

仕事における権利の保障

働きがいのある人間らしい仕事を実現するためには、労働者の権利が保障されていなければなりません。不利な立場で働く人や、健康や安全が脅かされる環境で働く人、ワークライフバランスが実現できない環境で働く人、ましてや違法労働を強いられる人などがあってはなりません。

前述の日本におけるディーセントワークの整理としてまとめた4か条にも「労働三権などの働く上での権利」との記載があり、これらが蔑ろにされてはディーセントワークの実現はできません。

ディーセントワークの7つの評価軸

厚生労働省の「ディーセントワークと企業経営に関する調査研究事業報告書」では、ディーセントワークの達成度の評価軸として7つ軸が掲げられており、各軸に対しるスコア化の方法も掲載されています。ここではそれぞれ見ていきましょう。

WLB軸

WLB軸とは「ワークライフバランス」がきちんと保たれている職場かどうかを示す軸のことです。ワークライフバランスとは、仕事 (Work) と生活 (Life) の調和が取れている働き方のことを言います。このWLB軸で評価されるためには、仕事や家庭の両立が無理なくできる環境などが欠かせません。柔軟な勤務時間の設定や有給休暇以外の特別休暇の設定、定年年齢の廃止や引き上げなどの制度構築も求められます。

公正平等軸

公正平等軸とはその名の通り、職場で働くすべての労働者が公正・平等に働いているかを評価する軸です。公正平等軸で評価されるためには、年齢や性別による差別がなく、公平で平等な評価が行える制度を設けるなどが必要になります。管理職比率、男女間の賃金格差、昇進格差、障害者雇用など、公平性を示す改革が求められます。

自己鍛錬軸

自己鍛錬軸とは、労働者が自身の能力を向上させるための環境や機会が整っているかどうかを評価する軸です。企業として研修制度を整えたり、計画的にOJTに取り組んだり、資格取得を支援したり、自己啓発やスキルアップをサポートしたりと、従業員が自己鍛錬するための支援を企業制度として設けることが求められます。

収入軸

収入軸はその名の通り、労働者が自身の生活を維持できる収入が得られる職場かどうかを評価する軸です。1994年から2019年の世帯所得の変化を内閣府が分析した結果、25年間で年間所得の中央値は550万円から372万円まで178万円も下がっていたことが判明しました。

生活を行なっていくうえで安定した収入は欠かせません。スコア化方法では、35歳正社員年収や、毎年のベースアップ等を実施しているか、法定外福利厚生費などが評価項目となっており、従業員に十分な収入を与えることが求められています。

権利軸

権利軸は、労働者と企業が対等な立場で職場環境や労働条件について話し合える環境かどうかを評価する軸です。権利軸で高い評価を得ている職場は、労働者の権利がきちんと保護されていることを指しています。労使の話し合いの機会が定期的に設けられているか、苦情処理機関を設置しているかなど、労働者の権利保護のために企業が取り組むことが求められています。

安全衛生軸

安全衛生軸とは労働者にとって安心・安全な環境が確保されている職場かどうかを評価する軸です。安全にはハード面とソフト面の両面から見ることが大切です。

ハード面は職場にある機器や設備の整備も必要になります。ソフト面は、主に労働者の精神的なケアです。産業医を選任している、健康診断を実施している、長時間労働者に面談を行っている、メンタルヘルス対策を実施しているなど、労働者の心身の安全のために企業が配慮することが求められています。

SN(セーフティネット)軸

SN(セーフティネット)軸とは労働者が雇用保険や健康保険、厚生年金保険にきちんと加入している職場かどうかを評価する軸です。加入条件に当てはまっている労働者がいるにもかかわらず未加入であってはなりません。健康保険や厚生年金に加入していることは当然として、休職期間の賃金支給や復職支援、私傷病休暇などの各種制度を設けることが企業に求められています。

ディーセントワークに企業が取り組むメリット

従業員のエンゲージメント向上

前章で述べた7つの軸で高い評価を獲得した企業は、従業員にとって働きやすい企業と言えるでしょう。こうした企業となるべくディーセントワークに取り組むことは、従業員のエンゲージメントの向上に寄与します。

誰でも収入や権利が保障され、心身ともに安全に働ける企業には長く勤めたいと考えるものです。従業員のエンゲージメント向上は離職のリスクを低減させて定着率を高めるだけでなく、生産性を向上させるなど企業にとっても多くのメリットが生まれます。

企業イメージの向上

近年では「健康経営」が注目のキーワードとなるなど、従業員の権利や安全に配慮した企業が高く評価される傾向にあります。ディーセントワークの実現への取り組みは、いわゆるホワイト企業として企業イメージを向上させ、社会的な信用を強化し、企業価値を高めることに一役買うことでしょう。こうしたブランディングの強化は採用の強化にもつながります。

世界の労働環境の課題

児童労働

世界では学校で勉学に励むはずの年齢の子どもが、不当に低い賃金で働かされている児童労働は解決しなければならない大きな問題です。ILOとユニセフの共同による報告書によれば、今もまだ世界中には1億6000万人の子どもたちが児童労働をしているとしており、この数字は世界の子どもの10%に当たります。

児童労働はとても根深い問題です。不当な賃金で働かせられていることだけでなく、子どもから教育の機会を奪うことで将来も不当な賃金での労働を強いられ、彼らの子どもにまで影響が続くなど、断ち切らねばならない問題です。

しかし、子どもたちは自ら望んで働いているわけではなく、貧困などの家庭環境から働かざるえない状況にあり、国や慈善団体などの支援なくして状況の打破は望めないほど追い詰められています。ILOを中心にディーセントワークの取り組みが進められ、全ての子どもが安心して学ぶことができる世界になるよう、世界が協力しなければなりません。

強制労働

強制労働は他者から強要された労働のことを指す言葉です。労働を望んでいない人々に対して暴行や脅迫などを繰り返すことで無理矢理に働かせている強制労働は、残念ながら21世紀の現代においてもなくなってはいません。ILOによれば2016年の時点で、世界で4030万人が強制労働の犠牲になっていると試算しています。貧困や差別意識、教養の欠如などが主な理由とされており、こうした強制労働の課題を解決することも求められています。

男女の賃金格差

日本だけでなく世界でも男女の賃金格差は課題として積み残されています。日本では1999年に「男女共同参画社会基本法」が制定され、徐々にではあるものの男女平等の実現に向けて進もうとしていますが、世界では女性の地位が低いままの国も珍しくありません。

女性が男性と同じ職務内容で働いても賃金が低い、出世しようとしても男性しか高い役職に就けないなど格差は依然として残っています。ディーセントワークの取り組みでは全ての人々の平等を目指しており、男女間の賃金格差も解決すべき課題と言えます。

長時間労働

長時間労働は世界的にも大きな課題として挙げられます。長時間労働の問題点は労働時間の長さもさることながら、働いた時間のぶんの賃金や手当てがなく、低い賃金で長く働かされているという点にあります。労働者にとっては働いても賃金が増えることはないため、身体的・精神的な負担が大きく、健康で安全な仕事とはかけ離れています。ディーセントワークへの取り組みが長時間労働の解決につながることが期待されます。

失業率

失業率も大きな課題です。ILOが公表した「世界の雇用および社会の見通し:2021年の動向」によれば、世界中の失業者数は最低2億2000万人に上ると推計されています。失業率は6.3%となっており、新型コロナウイルスの流行以前よりも高い水準になっています。ディーセントワークでは望む全ての人に仕事があることを目指しており、失業率の改善に向けて国や企業の支援が不可欠です。

ハラスメント

ハラスメントも世界的な課題です。単純な暴力や侮辱や脅迫などの精神的なハラスメントから、セクハラなども未だ撲滅しきれていません。先述したSDGsの目標の1つである「働きがいも経済成長も」の達成のためには、ハラスメントとは無縁でなければなりません。

日本の労働環境の課題

労働人口の減少

日本では少子高齢化が進んでおり、それに伴い労働力人口も減少しています。みずほ総合研究所が発表したデータによれば、2020年に6,404万人いる労働人口が、2065年に3,946万人まで減少し、約4割も労働人口が減少すると試算しています。

企業の人材獲得競争はさらに激化していくと考えられ、従業員にとって魅力的な企業づくりができなければ採用が難しい時代に突入するでしょう。また、労働人口が減少する中でも企業が競争力を維持するためには高い生産性が不可欠であり、ディーセントワークの実現を通して従業員のエンゲージメントを高める環境を整備していくことは企業にとって重要な対策となるでしょう。

男女の賃金格差

日本でも男女の賃金格差も大きな課題です。財務総合政策研究所の「男女間賃金格差の国際比較と日本における要因分析」によれば、日本では女性の就業率は上がってきていますが、男女の賃金比率格差は世界的に見ても広いとしています。

2015年時点で女性の賃金比率は男性賃金の約6割に留まっています。こうした課題を解決するために「同一労働同一賃金制度」が導入されてもいますが、本格的な解決にはまだ至っていません。賃金格差は制度だけでは解消しにくい課題ではあるものの、少なくとも制度の整備は進めていかなければなりません。

長時間労働

昨今では働き方改革の影響もあり、長時間労働を行なっている企業はより問題視されるようになってきました。しかし、日本は他の先進国と比べて長時間労働者の割合がまだまだ多いことも事実です。厚生労働省が発表している「過労死等防止対策白書」によれば、週の労働時間が49時間を超えている労働者の割合は、日本18.3%(男性26.3%、女性8.3%)に対し、アメリカ15.7%、イギリス11.4%、フランス10.1%、ドイツ7.7%と、出遅れていると言わざるを得ません。長時間労働は身体的にも精神的にも負担が大きすぎるため、早期の是正が必要です。

ワーキングプア

近年、日本では年収200万円に満たない「ワーキングプア」が社会課題として注目されています。総務省の「労働力調査」によれば、2021年に年収200万円未満だった人数は男女・正規非正規あわせて1,768万人であり、集計対象の5,620万人の労働者に対して約1/3にも上ります。ワーキングプアの問題はこの数年だけ見ても解決に向かっているとは言えず、日本の労働を取り巻く重い課題として積み残されています。

ハラスメント

日本でもハラスメントは社会問題として注目されています。とりわけSNSで個人が情報を発信する現代においてハラスメントは企業価値を大きく傷つけるリスクにつながるため、企業にとって放置できる問題ではなくなってきています。厚生労働省の「令和2年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によれば、ハラスメントを含む「いいじめ・嫌がらせ」の相談内容の件数は令和2年度で79,190件に上ります。相談件数は年々増加傾向にあり、対策のために2022年4月から改正労働施策総合推進法、通称「パワハラ防止法」が施行されまる運びとなりました。誰もが安心して働ける心理的安全性の高い職場を作るために、企業は努力しなければならない時代になったと言えます。

まとめ

世界には労働に関する多くの問題や課題が山積しています。中には解決に長い年月と多くの労力が必要な課題もあります。しかし、解決のために行動をしなければ失われてしまう命が世界にはあることを忘れてはなりません。日本で働く私たちにとってもそれは他人事ではなく、心身の安全性が脅かされて最悪の結果につながってしまうケースは後を絶ちません。

「権利が保障され、十分な収入を生み出し、適切な社会的保護が与えられる生産的な仕事」であるディーセントワークに、誰もが当たり前に就ける世の中を目指し、国や企業が協力して進んでいかなければなりません。本稿がディーセントワークについて考えるきっかけとなれば幸いです。

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