【総解説】リカレント教育とは?日本の現状・学び方・費用
目次
リカレント教育とは
定義
リカレント教育とは、学校を卒業して仕事に就いた後に、仕事に関わる知識やスキルを磨くために必要なタイミングで再度教育を受ける、「仕事」と「教育」を繰り返す学びのあり方です。リカレント (Recurrent) は「再発する・循環する・繰り返す」などの意味を持つ英単語で、海外ではリカレント教育は一般的な行動として受け入れられています。
リカレント教育の概念は1968年に当時のスウェーデンの文部大臣であるオロフ・パルメ氏により提唱された、50年以上の歴史を持つ概念ですが、近年日本でも徐々に注目を集め始めています。リカレント教育を受けるに当たり、海外では一旦仕事を退職して教育機関に戻って学び直すケースが多い一方、日本では知識やスキルのアップデートを目的としており、必ずしも休職や退職を伴うわけではありません。
一般社団法人日本経済団体連合会が行なった「大学等が実施するリカレント教育に関するアンケート調査」によれば、大学等が実施するリカレント教育プログラムの受講を指示・奨励していると回答した企業は41.5%に上っています。またリカレント教育プログラムを社員に受講させる関心があると回答した企業は89.2%と大多数を占めています。リカレント教育は日本でも徐々に広がりを見せており、今後も拡大していくと考えられます。
生涯学習との違い
リカレント教育と生涯学習の違いは「学ぶ目的」にあります。リカレント教育の目的はあくまでも仕事に活かすことです。海外赴任をするために英語を学び直す、高度IT人材になるために機械学習と統計学を学び直す、経営を学ぶためにMBAに通う、などがリカレント教育に当たります。
一方、生涯学習は学ぶ内容を問いません。仕事に関することから趣味まで、豊かな人生を送るために学ぶこと全てが生涯学習に含まれます。学び方も自己学習であっても構いません。趣味で畑をやってみる、ボランティア活動に参加する、地域のスポーツチームに参加する、若い頃に習っていた習字をもう一度やってみるなど、どのようなことをどのように学んでも良い点がリカレント教育とは異なります。
リカレント教育が注目されている背景
人生100年時代。60歳を超えても働くことがごく当然のことになりました。40年以上も働き続ける中、学生時代に学んだ内容がこれからも活かされ続けると確信を持てる人は多くはないはずです。IT技術の進歩がビジネス環境の変化を加速させる中、知識のアップデートなくして企業も個人も生き残れない時代になりました。
オンラインで世界中と気軽につながれるビジネス環境では、英語を学び直す価値があるかもしれません。AIが人の仕事を代替できる水準に近づきIoTが製造業に革命を起こす中、高度IT人材になるための教育を受け直すことには高い価値があります。働き方が多様化し、ビジネス環境が激変する中で経営の知識をアップデートするためにMBAに通うことは、キャリアアップに向けた良い選択になるかもしれません。
必要なタイミングで、必要な知識やスキルをアップデートするリカレント教育は、学び直す個人にとってはキャリアアップにつながり、企業にとっては競争力の源泉となる人材の開発につながる価値ある施策です。近年では国や大学、企業のそれぞれが優秀な人材の開発に向けて、さまざまな学習プログラムを積極的に展開し始めています。人生100年時代において、リカレント教育は注目されて当然の概念とも言えるでしょう。
リカレント教育のメリット
従業員側のメリット
リカレント教育の従業員側のメリットは、ひとことでまとめると「キャリアアップにつながる」という点に尽きます。仕事に必要な知識やスキルをアップデートすることは自身の市場価値を底上げし、年収やポジションの向上につながります。
国や大学などが設けているリカレント教育のカリキュラムは専門性が高いものが多く、高度な知識を体系的に身に付けることが可能です。高度な知識やスキルを身に付けた人材の市場価値は当然高まるため、キャリアアップへの近道になるでしょう。
実際に、内閣府が発表した「平成30年度 年次経済財政報告」によれば、学び直しを行った人はそうでない人と比べ、2年後に約10万円、3年後には約16万円の年収の有意な差がみられたとしています。リカレント教育は必要に応じて繰り返し行われるため、継続的に知識をアップデートし続けた人とそうでない人の差は、最終的には大きなキャリアの差として表れることでしょう。
企業側のメリット
リカレント教育の企業側のメリットは、「優秀な人材の確保」という点に集約されます。リカレント教育を受けて専門性を磨いた人材は、高度な知識やスキルを身に付けた優秀な人材として、企業の成長や生産性向上に貢献してくれることが期待できます。
一旦休職してリカレント教育を受けた人材であれば、復職後には自社に貢献してくれるはずですし、退職して学び直した人材が転職市場に増えていけば多くの企業が優秀な人材の採用に成功し、生産性を高めることができます。
また、日本全体にとっても国内企業の競争力強化は関心の高い課題です。近年、日本の1人当たり名目GDPの衰退が問題視されており、2020年度はOECD加盟38カ国中19位でした。国の豊かさを示すひとつの指標でしかないとは言え、このままでは近い将来さらに順位が下落することが予想されており由々しき問題です。少子高齢化など構造的な問題が大きく関わるものの、高度な人材を育成して労働生産性を高めることは国内企業、ひいては日本全体にとって重要なテーマであると言えます。
日本と海外のリカレント教育の差と現状
日本のリカレント教育
日本でもリカレント教育を推奨している企業が増えてきました。しかしまだまだ長期雇用の習慣が根強く、休職や退職をして学び直すケースは少ないのが現状です。
内閣府の「リカレント教育、大学教育参考資料」によれば、高等教育機関(4年生大学)への25歳以上の入学者割合は、OECD平均が16.6%に対し、日本は2.5%と低いことが示されています。日本では教育機関に戻ることまではせず、働きつつ企業の教育訓練制度を利用して学び直す方法が一般的です。
リカレント教育を含む学び直しが十分に進まない理由としては、企業側の理解不足によるキャリア形成へのリスクが挙げられます。日本ではキャリアが途切れるリスクが大きく、一度キャリアが途切れた人材を忌避する企業もあります。
また、仕事が忙しい、費用がかかりすぎるなどの理由から学び直すだけの余裕がないことも、上記の調査で示されています。パーソル総合研究所が発表した「APAC就業実態・成長意識調査(2019年)」では、勤務先以外での学習や自己研鑽を行っていないと回答した人の割合は46.3%と、調査対象国の中で大差をつけて最下位であることが示されています。
日本におけるリカレント教育は徐々に増えてきているものの、まだまだ浸透しているとは言えない状況です。人材の能力開発の停滞は国際競争力の低下につながるため、官民をあげて取り組まなければならない課題と言えるでしょう。
海外のリカレント教育
海外では休職や退職をして学び直すのが一般的です。リカレント教育を初めて提唱したスウェーデンでは「コンヴックス(Komvux)」と呼ばれる大人のための教育機関が各地に設立されています。コンヴックスは20歳以上のスウェーデン在住者であれば、誰でも入学が可能で、授業は無償、休職期間中の生活費は国が援助するなどの支援体制が整っています。
アメリカではもともと転職する人の割合が多いため、自身の市場価値を高めるためにリカレント教育を受ける土壌が整っていました。そのため制度面でもリカレント教育を受ける際は、一定額の費用を支給する、民間企業と連携して就業支援プログラムを提供するなどの制度があります。
海外では、欧米圏を中心にリカレント教育は一般に浸透している国が多く、リカレント教育を受けるための環境整備や補助を国や企業が協力しながら実現しているケースも多く見られます。また、労働者の意識としても学び続けること、学び直すことをごく当然のことと捉えていることも日本との違いと言えるでしょう。残念ながら、リカレント教育の分野においては、日本は二歩も三歩も遅れを取っていると言わざるを得ません。
リカレント教育を受ける方法
国の制度を利用する
リカレント教育の分野において遅れを取っている日本ではありますが、現在では公の制度として、リカレント教育を受けられるさまざまなプログラムが用意されています。
文部科学省は、社会人の学びを応援するポータルサイト「マナパス」を運営しています。マナパスでは、場所や学校種別、学習テーマ、取得資格、金額など、条件を組み合わせて講座を検索することができ、自分に合った学び直しの場をみつけることをサポートしています。
また、もう少し気軽に学習したいビジネスパーソンに向けて、経済産業省では「巣ごもりDXステップ講座情報ナビ」と題して、デジタルスキルを身につけられるオンライン講座を紹介しています。無料で100を超える講座を受講でき、今注目のDXについて学ぶことができます。
大学の講座に参加する
現在では社会人向けにリカレント教育の講義を開設している大学も増えてきました。文部科学省の「就職・転職者のための大学リカレント教育推進事業 各プログラム内容」には、令和2年度に実施されているリカレント教育プログラムとして、全国40大学で63コースが設置されていることが示されています。
こうしたプログラムに参加することで、社会人のスキルに直結する「経営学」「MBA」「法律」「語学」「IT」「DX」などの専門知識を体系的に学ぶことができるため、リカレント教育に興味がある方はぜひ見ておきましょう。
オンライン講座に参加する
時間がなかなか取れない社会人のために、オンライン講座を用意している大学や企業もあります。早稲田大学や慶應義塾大学、立命館大学など、有名大学がさまざまなオンライン講座を開講しているため、忙しいビジネスパーソンがオンラインでリカレント教育を受けたい場合、選択肢に入るでしょう。
早稲田大学では「オープンカレッジ」と称する公開講座を年間約1,900講座も開講しています。ビジネスや資格、外国語から文学や芸術まで幅広い講座が用意されており、学ぶ意欲のある人を応援すると謳っています。オープンカレッジには単位取得制度も設けられており、一定の単位が取得できれば「早稲田大学オープンカレッジ修了証」が授与されます。
また、オンライン講座配信サービスである「JMOOC(ジェイムーク)」もチェックしておきましょう。JMOOC「良質な講義を誰もが無料で学べる学習機会を提供する」と謳っており、大学の授業を無料でオンライン受講できる素晴らしいサービスで、140万人以上が受講しています。
企業内で教育や研修を行う
教育機関に戻ると言うリカレント教育の本質からはやや外れますが、企業が独自に教育や研修の機会を設けているケースも存在します。外部の講師を招いたり、社内の専門家による講義を行ったりと形式はさまざまですが、短期集中型で専門知識や技術を教育する研修です。
企業内で行われる研修であるため、参加する従業員は休職や退職を検討する必要がなく、多くの場合、業務時間内に無料で受講できる点が他の方法と異なります。また、企業が従業員に学んでほしい内容が如実に反映されることも特徴と言えるでしょう。
リカレント教育にかかる費用と助成金
かかる費用
リカレント教育は、特に決まった額などはありません。どこで、何を、どれくらいの期間学ぶかによって必要な費用は大きく変わります。手軽にオンライン講座を受けることで学び直す場合は無料で済むこともありますし、MBAを取得するために大学でじっくり学ぶならば数百万円が必要です。
ひとつの例としてMBAを学べる早稲田大学ビジネススクールは、卒業までに300万円以上の費用がかかります。高度なスキルを獲得しようとすればその分、費用が嵩みます。大学で学ぶのであれば入学金が数万円~数十万円、授業料が数十万円ほど見込むと良いでしょう。オンライン講座であれば1科目で無料〜数万円程です。自身の学びたい内容と予算に合わせて検討しましょう。
助成金
国はリカレント教育を受けたい人に対してさまざまな支援制度を用意しており、そのひとつが助成金です。
例えば、厚生労働省では「教育訓練給付金」を設けています。教育訓練給付金は教育訓練にかかった費用の20%~70%が支給される制度で、条件に合致すればハローワークを通じて支給を受けることが可能です。
リカレント教育を推進したい企業向けには「人材開発支援助成金」が提供されています。人材開発支援助成金は、従業員が専門的な知識やスキルを身につけるために企業が負担した費用の一部が助成される制度です。助成金の内容は支援制度に合うように設定されています。スキルを取得する訓練に関わる費用を助成する「教育訓練休暇制度」と、従業員がスキルを取得するために長期休暇を活用した場合に利用できる「長期教育訓練休暇制度」があります。自社のニーズに合わせて助成金を活用しましょう。
リカレント教育の取り組み事例
事例① サントリーホールディングス株式会社
サントリーでは自己啓発支援プログラム「SDP(Suntory Self-Development Program)」を導入し、従業員が描くキャリアプランを実現させるために必要なビジネススキルの取得をサポートしています。英語力強化から専門的なスキルの取得までラインナップを揃えており、学び方も集合研修からeラーニングまで取り揃えています。
また、自ら学ぶ風土の醸成に向けて、学びのプラットフォーム「寺子屋」を2017年から展開し、1万名のグループ社員がビジネススキルや一般教養を無料で学べる場を用意しています。
事例② ヤフー株式会社
ヤフーではキャリア施策のひとつとして「勉学休職制度」を整備しています。専門的な知識や語学力の取得を目的として、勤続3年以上の正社員を対象に最長2年までの取得を可能としています。実際に同制度を利用して大学院に進学した社員もいるとのことです。
事例③ 株式会社ミクシィ
ミクシィではスキルアップ支援制度として、従業員の英会話・資格取得・プログラミング学習などのサービスを特別優待で提供、スキルアップに関わる書籍の購入費用の補助などをしています。また専門領域の技術コミュニティや勉強会への参加なども合わせて支援しており、従業員による新たな価値創造を促しています。
まとめ
「十年一昔」と言いますが、現代ビジネスの世界では10年前の常識や知識は一昔どころか埃をかぶったものになってしまうことも珍しくありません。競争が激化し、企業も個人も生き残りを賭けて学び続けなければならない時代は既に来ています。
日本のビジネスパーソンは勉強していないことがデータで示されてしまっています。勉強は大学に入るまで必死に行えば終わりとする空気が未だに漂っていることも否めません。個人としてキャリアアップを目指して高い待遇を望むにも、企業として労働生産性を高めて競争力を確保するためにも、私たちは学び続けなければなりません。
リカレント教育が日本にも浸透し、いつでも高いレベルの学びに挑戦することがごく当たり前の世の中になり、個人としても企業としても豊かになっていくことを切に願います。
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