オーセンティック・リーダーシップとは?新時代のリーダーシップの姿

オーセンティック・リーダーシップとは

定義

オーセンティック・リーダーシップとは、「自分らしさ」を重視した真のリーダーシップのことを指します。自分の強みや弱み、価値観などを深く理解し、それをありのまま出して誰の真似でもない自分らしいリーダーシップスタイルを開発・発揮する、という考えから提唱されたリーダーシップの概念です。

オーセンティック・リーダーシップはアメリカのハーバード・ビジネススクールシニアフェローであるウィリアム・W・ジョージ(William W. George または Bill George)によって提唱され広く世界に広まりました。

オーセンティック(authentic)とは英語で「本物の」「真正の」という意味で、世間に数多く存在する机上のリーダーシップ論を無理に真似て自身のスタイルとは異なる方法で進めるのではなく、自分自身の人格や性格と合致した自分ならではのリーダーシップスタイルを追求することで初めて本物のリーダーになれるのだ、という意味が込められています。

サーバント・リーダーシップとの違い

従来イメージされてきた「有能な人材が先頭に立ってメンバーを率いていく」という典型的なリーダーシップのイメージとは異なるオーセンティック・リーダーシップですが、同様に異なる切り口のリーダー像として「サーバント・リーダーシップ」が有名です。

オーセンティック・リーダーシップが自分らしさを発揮して本物のリーダーの姿を見せるのに対して、サーバント・リーダーシップは「奉仕」に基づくリーダーシップを表します。このサーバント・リーダーシップのスタイルの代表的な例としてインド独立の父、マハトマ・ガンジーが挙げられます。

ガンジーは20世紀のもっとも偉大な政治的・精神的指導者の一人として広く称賛されており、民衆の非暴力・不服従による抵抗運動を提唱して大英帝国からのインド独立運動を導きました。暴徒化した民衆を鎮めるため自ら命を捧げて断食を行うなど奉仕を軸にするガンジーのリーダーシップは、サーバント(servant = 使用人・召使)の言葉から連想されるように、まずは民衆・組織に奉仕して信頼を得、多種多様な人々を導いていくリーダーシップのスタイルとして、現代でも注目されています。

オーセンティック・リーダーシップが注目される背景

現代においてオーセンティック・リーダーシップが求められるようになった背景として、価値観の多様化が挙げられます。

従来のリーダー像はチームを牽引する強力な指導者であり手本でした。能力的にも人格的にも優れおり、失敗せず、誰もが付いていきたくなる魅力がにじみ出る、欠点のない人物像が理想的なリーダーだとされてきました。

しかし、情報が溢れ多様な価値観が重視される現代では、あらゆる状況で発揮される完全無欠のリーダーシップの唯一解など存在しないことは誰もがチームメンバーも理解しており、無理に完璧なリーダー像を演じるだけではチームの生産性が高まらないことが明らかになってきました。

こうした中、借り物のリーダーシップを演じるのではなく、自分の長所・短所を含めてさらけ出し、自分らしさを活かして共にチームを前に進めるオーセンティック・リーダーシップは、チームメンバーとの信頼関係を強化し周囲を巻き込む新たなリーダーシップのあり方として注目を集めています。

オーセンティック・リーダーシップの5つの特性

オーセンティック・リーダーシップの鍵はあくまでも自分らしさにあるため、「このような人物がリーダーシップを発揮する」といった特徴などは本質的にはありません。しかし、自分らしければ何でも良いわけではありません。オーセンティック・リーダーシップの提唱者であるウィリアム・W・ジョージは、ひとつの指標として真のリーダーシップの発揮のために目指すべき5つの特性として以下を掲げています。

目的

ウィリアム・W・ジョージは著書『ミッション・リーダーシップ』内で、リーダーが真正の目的を持って経営に取り組むことでこそ、世界に幸福をもたらし世界を変えることに貢献できると述べています。ここでいう真正とは、高い倫理観を持つ、ということを意味しています。

倫理観の問題についてウィリアム・W・ジョージは2001年のエンロン社の不正会計事件をその著書で挙げています。エンロン社は米国に本拠地をおく大手エネルギー会社で、2000年時点では売上高1,000億ドルを誇る巨大コングロマリットでしたが、一部のいわゆるトップエリートのリーダーたちが私利私欲から粉飾決算に手を染め、それが露呈し最終的には倒産して世界に多大なショックを与えました。これは倫理観を伴わない誤った目的で経営を行ったことにより起こるべくして起こった悲劇です。

オーセンティック・リーダーシップでは高い倫理観を伴った目的を持って組織やチームを率いることが求められます。

価値観

同著にてウィリアム・W・ジョージは「リーダーはその価値観と人格によって判断される」「価値観がその人の道徳の羅針盤を生み出す」と述べています。真のリーダーは真に正しい道徳の羅針盤を持ち、善悪を判断して正しい方向へ人々を導かなくてはなりません。

先に述べたエンロン社の元CEOはハーバード卒のスーパーエリートでしたが、「お金を儲けるためには、法律の穴を見つけて積極的に行動すべき」という発言をしていたと言われています。こういった歪んだ価値観の元では歪んだ目的が生まれ、人々を誤った方向に導いてしまいかねないのです。

真心

ここでいう「真心」とは、周囲の人や自分と共に働く人に関心を持ち、親密な関係を築いて大切にする、ということです。先のサーバント・リーダーシップにも共通する考え方で、真のリーダーは真心を持って自分の同僚たちに接し、心の結びつき・信頼を得る事によって初めて周囲を動かすことができると主張されています。

結果を残せばいい、お金だけ稼げばいいという考え方は短絡的であり、長期的に見れば必ずチームや組織の破断を招きます。

人間関係

ウィリアム・W・ジョージは、21世紀の現代では、チームメンバーから距離を置いたリーダーシップのスタイルでは効果はあげられないと述べています。人は自分のリーダーと密に接し、信頼関係を構築することによって、そのリーダーに貢献しようという意欲が生まれるという考えです。

この際リーダーは、オーセンティック・リーダーシップの根幹である「自分らしさ」「本当の自分」をさらけ出す必要があります。作られた偽りの自分では人々から本当の信頼を得ることは難しいでしょう。自分の得意・不得意、足りない部分も含めて全てオープンにし、深いレベルで接することによって初めて信頼を得ることができます。

自己統制

真のリーダーは自己統制する力を備えなければなりません。自らの価値観を一貫した行動で表明するために出来る限り努力をする自己統制が必要だとウィリアム・W・ジョージは主張しています。

始めに正しい価値観と目的を持っていたとしても、一時の欲や怠慢で道を外れてしまうと、やがてそれは常態化し感覚が麻痺して自己統制が取れなくなります。特に人間はミスを犯したときなどにそのことが認められず、もしくはオープンにできず、嘘をついたり隠したりといった行動に出やすいものです。

本物のリーダーは常に自分を律し、ミスをしたとしてもそれをオープンにして反省し嘘をつかずに自分らしさを貫く姿勢が重要と言えます。自己統制をし、自身の価値観を常に行動によって示すことが求められます。

オーセンティック・リーダーシップを発揮した有名なリーダーの例

松下幸之助(パナソニック 創業者)

パナソニック(旧松下電器産業)グループの創設者である松下幸之助は常に、自らの「本質」を認めることを出発点と考えていました。松下幸之助の言葉に以下のようなものがあります。

人間の本質というものは変えることができない。それを変えようといろいろ努力しても無理である。というより、人間自身を苦しめることになる。だから、その本質はまずこれをあるがままにみとめなくてはならない。そして、その上でどうあるべきかということを考える。それが大切なわけである。

松下幸之助著・「指導者の条件」より

松下幸之助は晩年「松下政経塾」というリーダー育成塾を主導していましたが、ここでもまた、指導者は利害にとらわれずものごとをあるがままに受け止めて、真実を見据えて判断をする必要がある、ということを指導していました。松下幸之助はオーセンティック・リーダーシップが提唱されるずっと前からその姿勢を体現していたと言えるでしょう。

ハワード・シュルツ(スターバックスコーヒー 創業者)

スターバックスの創業者ハワード・シュルツもオーセンティック・リーダーシップを発揮した経営者だと言えます。

シュルツの父親はトラック運転手で、1961年冬、足首を骨折する事故に合い、その結果職を失いました。1961年、シュルツが7歳の頃です。その後シュルツの父は30ものブルーカラーの仕事を転々とし、不安定な生活を送らざるをえませんでした。彼はこのときの経験から「従業員を大切にし、健康保険を提供できる会社を作る」という夢を持ったといいます。

オーセンティック・リーダーシップの根幹は、自分を理解し、自分の価値観を貫くことです。父親の事故がシュルツの人生観に影響を与え、その価値観がその後の彼の経営とビジネスの根底にあったという意味で、シュルツもオーセンティック・リーダーシップの実践者の一人と言えます。

ヘレン・フォン・ライス(イケア・ジャパン 元代表取締役)

2021年8月に退任したイケア・ジャパンの元代表取締役のヘレン・フォン・ライスもオーセンティック・リーダーシップを重視した一人です。彼女は、リーダーにとって大切なことは「オーセンティシティー、つまり自分らしさを持つこと、真摯であること」だと述べています。

会社が新型コロナウイルスの危機に直面したときも、透明性を重視し、会社が大変な状況に陥っていると率直に従業員に打ち明けて、なによりもコミュニケーションをとることに腐心しました。

従業員に対し真摯であり信念を持って接する姿勢は、オーセンティック・リーダーシップを実践するリーダーとして相応しい姿であると言えます。

オーセンティック・リーダーシップの開発方法

オーセンティック・リーダーシップを実践するにあたって、前述の通り「目的」「価値観」「真心」「人間関係」「自己統制」の5つの要素が重要になってきます。ここではその5つの要素の開発方法を述べます。

「目的」の開発

自分がリーダーシップを発揮する目的はなんなのか、を理解することからオーセンティック・リーダーシップの実践は始まります。この目的は真の倫理観を伴ったものでなくてはなりません。企業を経営する目的やチームとしての目的など、リーダーとして目指すべき姿や目的を改めて自身に問い直すことから始めましょう。

「価値観」の開発

価値観は人それぞれであり、また揺るぎない「善」に基づく価値観というものは一朝一夕で会得できるものではないでしょう。ウィリアム・W・ジョージはその著書で「本物のリーダーに伴う価値観は個人の信条によって形作られ、学習、内省、ほかの人たちからの助言、さらに一生を通じた経験によって開発される」と述べています。

価値観の開発には終わりがないことを自覚し、生涯続けて正しい方向に向かえるよう磨き続けることが重要です。

「真心」の開発

他人に対して真心を持つための最も簡単な第一歩は、他人に関心を持つことです。人は普段親密であると考えている相手に関しても、意外と何も理解できていないということが多々あります。あなたの同僚はどのような価値観を持っていて、何に幸せを感じ、どのようなゴールを目指しているのでしょうか。

ウィリアム・W・ジョージは、共通のゴールに向かって協力関係を築くことで人と人は深く結ばれると述べています。人に関心を持ち、共にゴールを目指そうという気持ちを伝え合うことで、相手への真心が醸成されていきます。

「人間関係」の開発

「真心」の項目と同様に、人は相手との心の距離を縮めていくことで良好な関係が結ばれやすくなっていきます。そのためには自分をさらけ出すことが重要です。偽りの自分を見せ続けるだけでは真の人間関係は結べませんし、何より自分が消耗してしまいます。

まずは自分が自分のことを知り、認めること。その上で欠点も含め相手にさらけ出し、ウィリアム・W・ジョージの言葉を借りるならば開き直って自分らしさで勝負をすることで、人は信頼を勝ち得ていくのです。

「自己統制」の開発

自己統制の開発は最も難しいことの一つに見えるかもしれませんが、様々な手法が提示されている分野でもあります。

例えばアメリカの作家・ビジネスジャーナリストであるスージー・ウェルチが自身のベストセラー「10-10-10」で述べたメソッドは非常に実践しやすく有効なものです。自分がどちらに進むべきか迷ったとき、あるいは何かの誘惑に屈しそうになったときは「その選択をとった場合の10分後、10か月後、10年後はどうなっているか」を自問しようと彼女は述べています。

たった3分集中し、10-10-10を考えるだけで、それぞれのメリット&デメリットがわかり本当に進むべき道が見えてくるのです。すぐ目の前の欲に捕らわれることなく、自己統制して自身の倫理と価値観に沿った道を選ぶべきときに非常に有効な手法と言えるでしょう。

加えて、前述のそれぞれの開発を進めることで自分のみでなく周りの期待や信頼を感じられるようになり、より強く自己統制が実践できるようになっていくことでしょう。

オーセンティック・リーダーシップに関する本

オーセンティック・リーダーシップ

世界最高峰のマネジメント誌『ハーバード・ビジネス・レビュー』の編集部がまとめたオーセンティック・リーダーシップの論文・記事集。リーダーとして成功する共通項は存在せず、それぞれが唯一無二で、人の数だけリーダーシップが存在する、という事実が多くの情報から理解できます。

書籍名
オーセンティック・リーダーシップ
筆者
ハーバード・ビジネス・レビュー編集部
出版社
ダイヤモンド社
発売日
2019/5/9
URL
https://www.amazon.co.jp/dp/4478104980

なぜ、あなたがリーダーなのか[新版]――本物は「自分らしさ」を武器にする

「本物であること」とは、自らを取り巻く状況、そして人と人との関係性の中で立ち現れてくるものという主張を社会学的な視点から述べた著書です。「自分自身に忠実であれ」というメッセージが全編を通じて述べられています。

書籍名
なぜ、あなたがリーダーなのか[新版]
――本物は「自分らしさ」を武器にする
筆者
ロブ ゴーフィー / ガレス ジョーンズ
出版社
英治出版
発売日
2017/1/31
URL
https://www.amazon.co.jp/dp/4862762344

ミッション・リーダーシップ

オーセンティック・リーダーシップの提唱者ウィリアム・W・ジョージによる真のリーダーシップに関する著書です。本稿で触れた数々の言葉も収録されています。

書籍名
ミッション・リーダーシップ
筆者
ビル ジョージ
出版社
生産性出版
発売日
2004/8/1
URL
https://www.amazon.co.jp/dp/4820117939

まとめ

新時代のリーダーシップの形としてオーセンティック・リーダーシップが注目されています。従来の「リーダーとはこうあるべき論」とは異なり、各々が自身の特性に基づき、自分らしく唯一無二のリーダーシップを発揮すべきというこの主張は、価値観が多様化した現在に深く支持されています。

誰かの真似の偽物のリーダーシップに囚われたリーダーが率いるチームは成長も成功も納めにくいばかりか、リーダー自身やチームメンバーを不幸にしてしまいます。チームを率いるマネジメント層の方も、これから部下を持っていく若手のビジネスパーソンも、新しいリーダーシップの姿であるオーセンティック・リーダーシップについて学んでおいて損はないでしょう。本稿が「真のリーダー」を目指す読者の皆様の参考になれば幸いです。

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